代表幹事の独り言

★「ナンバ歩き」紐解きの気付き

15号(2004年1月)

 前後、左右、上下の宇宙・自然の動きは四方八方に拡がり、縮むということであり、呼吸の吸う吐くと同様であると簡単に考えていましたが、これらの宇宙・自然の動きのリズムが我々の身体所作の中に組み込まれている事実に大変驚きました。
 人間が何故直立二足歩行で歩く必要があったのかがハッキリ理解できました。前後、左右、上下の三つのことが同時に行われている身体所作が御美(三)事と言っているのだと理解できます。人間は人間の立場からしか自分を認識できないので、欲望が強まり、自分勝手になりがちですが、宇宙自然のリズムによって「生かされている存在」であることが理解できたなら、全て感謝しかないはずです。必然的に「ありがとう」「おかげさま」「ごくろうさま」等の謙虚な「言霊」は万人に心地よくヒビキ、環境(他人)との調和が図れるのではないでしょうか。科学で全てが理解できると思っている人間はどこまで探究しても人工物の開発のワクからは抜け出せないことを知るべきです。
 見えないものに気付くのは、人間に備わっている感性しかないのです。その完成を磨くことができるのが、宇宙・自然のリズムである「ナンバ歩き」にあるのです。宇宙・自然の使命「歩行道」に身が引き締まる今日この頃です。

★「ナンバ歩き」とは

14号(2003年11月)

”直立二足歩行の人間の役目である頭と身体のバランスの重要性に気付くこと”

 世界陸上で末続選手の活躍以来世間的に「ナンバ走法」の勝利として「ナンバ」が一躍注目されだしましたが、「ナンバ」の正しい解釈は日本語の音意で紐解くしかありません。漢字表現がなく、「ナンバ」のヒビキしか残っていないからです。ちなみに「ナンバ」の音意を紐解くと「ナン」とは形が見えないもの、「バ」とは形が見えるものの展開、すなわち、正反、陰陽、右左、吸うと吐く等、交互に行われている現象を「ヒビキ」では「ナンバ」と言います。
 「歩行道」で日本語のヒビキを勉強していたことは偶然なのか、あまりにも不思議な現象にただただ驚いています。「ナンバ」を紐解き、「直立二足歩行」を意識しながら実践している「歩行道」は何か大きな力によって動かされていると感じている昨今です。

★〜時〜 〜空間〜 〜同時存在

13号(2003年5月)

 “「トキ」・「トコロ」・「トコタチ」の確立”
「歩行道」も平成十二年十二月十二日十二時の発会式より早や三年目に入り、いろいろな試行錯誤をしてきましたが、今年健康増進の法律が平成十五年五月一日より施行され、その中にウォーキングの重要性が述べられ、歩く必要性を国が着目する時代になってきました。
 そこで「歩行道」が三次元社会にハッキリとした形で存在確立するために、「トキ」は十年間で「トコロ」は地球一周を「トコタチ」で「意識歩き」を実践する会として再認識して歩んでいることを宣言したいと思います。各々の十年間で地球一周四万キロから「0」を目指して「意識歩き」で歩んでみて下さい。年輪を重ねるごとに磨かれた自分との新しい出会いが起こるのが「歩行道」の神髄です。
 「無意識」で生かされた歳月から、「意識」して生きる歳月への転換は自分のみができる唯一の特権です。自らの脳に対して「脳行」する開拓者(パイオニア)としてチャレンジしてみたいと思っている昨今です。

★「歩行道」は「自力と他力」の
実践者の集まり

12号(2003年1月)

 新年会で会員皆様の御要望等をお伺いし、感じましたことは、「0」(無・空)へ向かう減算計の大きな役割が、はっきり確認できたことです。「0」という「数」(スウ)は全ての人々に対して普遍的な「数」(スウ)であります。それ故に共通の目標となり得ることであり「時間と空間」「月日の流れ」「早いと遅い」等々、全ての基礎の価値観、いわゆる常識的価値観を飲み込んでしまう「原点」が「0」という「数」(スウ)であると思います。自分だけ歩いて楽しむ「自力」から、自分の歩きを実践している行動そのものが回りに喜びを与え同時に楽しむことができるのが「0」(無・空)へ向かう減算計の大きな役割です。地球一周「0」を達成した時の大きな満足感は、自分だけでなく、あなたの関係する周りの方々全てに大きな感動と影響力を与え、その自分に出会って「他力」即「自力」であるということを体験できると思います。

★社会情勢始め、いろいろな分野で
「逆転現象」が始まってきました

11号(2002年12月)

 今月の十二月八日発売の「ウォーキングマガジン」でウォーキングの”あきないグッズ”として「歩行道」の「減算歩行計」が紹介されています。積算歩行計が当たり前だった時代から歩けば歩くほど減っていく「減算歩行計」が着目されだしたことは、戦後インフレが経験していない現代人が、初めてデフレの経済情勢を体験し、物の考え方、捉え方を根本から改めなければならないと感じ始めたことと大いに関係あると思います。文字通り「歩みを変える」ことに気が付き始めたことだと思います。
 宇宙のリズムに「膨張と収縮」、呼吸のリズムに「吸うとはく」、一日のリズムに「昼と夜」があるように、歩きにも積算歩きがあるのなら、減算歩きがあって当然であるとの発想から生まれたのが「歩行道」の「減算歩行計」です。
今後、「歩行道」は「頭を良くする歩きの会」として各分野から大いに着目される存在になると思います。

★「足」アシと「意志」イシの関係

10号(2002年4月)

 ・日本語の「音読み」と「訓読み」の違い
「歩行道」と発音しただけで今年にはいってから多くの新しい会員の方々が入会される現状に大変驚いている今日この頃です。「音読み」で「ホコウドウ」と発音していた昨年迄は何にも興味を示さなかった人達が「アルキドウ」と「訓読み」にした途端、参加意欲を持たれる事は日本語の「ヒビキ」の中に大和(やまと)言葉に共鳴する何かがあることが理解されます。
 日本語を話す人達を「日本人」と定義づけるとするならば、日本人の古来からの伝統的な「歩き」である「意識歩き」に日本人としての遺伝子の中に共通した物が残されており、それが「歩き」(足)と「脳」(意志)の関係に密接に影響しあっているのではないかと感じている昨今です。

★無意識から意識へ

9号

 ――(1)満足と不足
 欲望が満たされると「満足」を感じ、欲求不満の状態になると「不足」を感じるのは、すべて自分自身の脳の作用です。そこで、脳と足の関係について考えてみました。
 人間は二足歩行をするようになってから異常なまでの進化をとげ、その中でも頭脳の発達がいちばん進んで道具を発明・開発しました。その原因を探っているうちに、手の役割と足の役割を分離したことに、文明の進歩は大きな影響を受けていると思い至りました。右脳(無意識)と左脳(意識)の働きは、足と手の関係に非常に似ていると思います。足は、手のようには働きませんが、全体を支えています。
手は、足が全体を支えるようには働けません。この関係に気づいてみれば、人間の基本は足によって成り立っており、欲望が満たされるか満たされないかも足の働きによって左右されることは十分にうなずけることでした。
 これからは、無意識でいたことに意識を向けることが大切な時代になってくると考えられます。

「日本の伝統芸能に残されている・ナンバ歩き」
を知って本当に驚きました!

7号

「日本の伝統芸能に残されている・ナンバ歩き」を知って本当に驚きました! 
 相撲・剣道・日本舞踊・能・盆踊りなど、日本の古来から伝わり、現在も形や動きを確認することができる芸能に・ナンバ歩き」が残っていることを知り、日本の芸能文化の深さを知って、本当に驚きました。
 西洋の文化では、洞窟の壁画やピラミッドの絵に・ナンバ歩き」が残っていますが、現在ではせいぜいフェンシングの動きにあるくらいです。
 文明は、人間が本来持っている機能を肩代わりさせる道具の発達とともに進歩してきたことは疑いのない事実です。
 人間の基本動作の原点は「歩く」ことだと思います。「歩く」行動は、すべて脳の意志によって行われています。自然を感じる脳(右脳)と人工物を組み立てる脳(左脳)はそれぞれ作用や働きが違うことは解明されています。歩き方によって右脳・左脳に影響を与えることができるとしたら、驚くべきことだと思います。実行されたかただけが気づける「右脳歩き」と「左脳歩き」、ぜひ体験してみてください。

★「歩行道」は「心・技・体」を求めた美しい歩き

4号

「心は「0」へ向かう減算の歩きによってつくられる。
「技」は「達成日」によって自分の記念碑がつくられる。
「体」は健康な肉体を維持しつづける事によってつくられる。

 地球1周4万キロから「0」へ向かう道程は10年から20年の時を必要としますが、(人生での歩きは全て目的、目標、があるから、歩いて一日々を過ごしている事に気づいてみると)、年齢を重ねている事は目的、目標を毎日積み重ねているのではないようでしょうか。齢をとれば老化すると思っている一般常識に対して、はっきりとした目標である「0」へ向かう歩みを実行する「歩行道」の会員の方々は「心・技・体」の一致によって心に老化はないと実感され、輝きのある歩みをする事によって回りの人々に大きな影響を及ぼし、「点は天」に通じる礎の1頁である事に大きな満足を得られる事と思います。

★進歩(物)から心歩(心)へ!

3号

 「歩行道」は、一日の生活の中で、ゼロという目標をめざして歩きます。毎日の減算距離が歩きの達成度。減る距離が少ない日は、文明社会の便利さに便乗して一日を過ごしてしまったのでは?
 私は、「歩行道」の歩きは「心歩」だと思っています。「心歩」には、新歩、真歩、信歩、神歩等々、全ての歩みが含まれているのではないでしょうか。毎日の生活の中で「心歩」するうちに、なんらかの「気付き」がもたらされるようです。人生経験豊富なかたほど、早く「気付き」を実感されると思います。これからはきっと、皆様の体験が、後に続く若い世代の人々に伝播していくことでしょう。

★「歩く」ことと脳の活性

2号

 「歩く」ことは脳を活性化させ、右脳と左脳の連携を強化するのに役立ち、脳の活性化は当然、身体中の内臓器官の活性化に役立ちます。自然(文化)を感じる右脳と、人工(文明)を感じる左脳のバランスをとるために「歩く」ことはよい影響を及ぼしているのです。
 文明の便利さに呑み込まれ、「歩」がなくなれば、右脳と左脳のバランスが崩れ、人工優位の左脳ばかりが発達し、自然を感じる右脳が働かなくなる現象が起こるのではないでしょうか? ひょっとして、現代の子供達に見られるキレる現象は、右脳と左脳のバランスが崩れている現象ではないでしょうか。
 通信革命が推進される21世紀において、文明の便利さにおぼれて「歩」が少なくなった人間の行く末を考えたなら、この2000年に「歩行道」が全国に知られ、多くの皆様の参加を得て「歩く」大切さを実践するグループができたことは、世のバランスを保つうえでも必然の現象であり、日本のみならず世界中の多くの人々に共鳴をもたらす礎になることと確信いたします。